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いいところを見る力

夏休みの反省会




現在私は小学生の子供たちの放課後の勉強や遊びのサポートをしている。言ってみれば学童保育のようなものである。その施設で、この夏休みのサポートについての反省会があった。非常に暑い今年の夏、課題はたくさんあり、問題もそれなりあったと思う。職員はもちろん、他のサポートの方々からも色々な意見があったのだが、そこで気づいたことがある。


それは子供たちを褒める言葉、いいところを取り上げる意見がほとんどなかったことである。


逆に問題点はたくさんあったように思える。子供一人一人の言動や行動を取り上げたら、きりが無い。中にはなるほどと思える自分では気づかなかったこともあった。その一方、それは子供一人一人の持つ個性であって、問題では無いのではないのではないか、と疑問に思われる意見もかなりあった。いやむしろ問題や短所や直すべきことではなく、長所であり、むしろいい形の伸ばすべきものでないか、と逆に考えてしまう自分がいた。


自分は楽観的なのであろうか?


しかし平均から外れた常識的なことから外れる言動や行動が、短所とみられることは大人の世界でもよくあることだ。それと同じようなことを感じてしまったのだ。



フィードバックの心構え




それが相手に対しての直接のフィードバックであろうが、意見のような形で不特定多数に占める場合でも、まずは客観的な事実を述べることが大切であろう。決して、自分の判断が入った特にネガティブな判断が入った発言はすべきではない。そしてその客観的な事実の後に、自分の見解や解釈を付け加える形が良いだろう。その際にはできれば、ネガティブな側面だけではなくポジティブな側面からの見方も付け加えることだと思う。


才能というものは往々にして人とは違った言動や行動になって現れる。残念なことだが、人は「悪い事」だから悪いと判断すのではなく、「人と違っているから」という理由で悪いと判断することが非常に多い。つまりは、才能が認められる前に、悪いこととして排除されてしまったり、芽を摘まれることが多いである。


特に子供のころにはそれが起きがちなのは容易に想像できる。子供に言動や行動にネガティブなものを感じたら、それはもしかしたら才能なのかもしれない、そういう観点をどこかに持つ必要がある。その上でのフィードバックを心掛けるべきであろう。



どうやっていいところ(才能)を見つけるか




子供に限らず、人の行動や言動に対し、いいな、と感じたり、ポジティブに受け入れられる場合はそれを素直に長所として受け入れてもいいだろう。決して才能と呼べなくても、人と同じことを考え、周りの環境においての常識的な行動を取れる場合は、それだけで共感性があるとか、協調性があるといういい面を見出すことができる。


ネガティブに感じるようなケースでは、ある意味チャンスである。即座に否定したり、変えようとせずに、それはその人のいいところであり、もしかしたら才能ではないかと考える視点を持つことだろう。そしてどのようにすれば、その才能をつぶさずに済むのか、どこまで周りと協調できるのか、うまい活かし方ができないか、など手助けをする方法を考えるのである。

特に子供の可能性はある意味無限である。そして柔軟である。才能をつぶし、型にはまった同じ考えを持つように育てては、せっかくの可能性をつぶすことになる。欠点と思わることの中にこそ、才能が潜んでいるかもしれない可能性を念頭に置きつつ、才能を見出し、それを伸ばしてやるのが、我々大人の義務だと思うのです。

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